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山形家庭裁判所 平成7年(家)192号

主文

事件本人の親権者を相手方から申立人に変更する。

理由

1  本件記録及び本件に先行する本件当事者間の当庁平成6年(家イ)第×××号離婚等申立調停事件記録によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  申立人は、勤務する会社の取引先の営業員として出入りしていた相手方と知り合い、相手方に離婚歴のあることは知っていたが、2度目であればかえって家庭を大切にしてくれると考えて結婚(婚姻届出は平成元年6月23日)し、相手方肩書住所地のマンションに居を構えた。

しかし、結婚後、相手方は仕事と称して飲酒や深夜帰宅を繰り返したため、申立人は期待を裏切られて不満を募らせた。一方、相手方は、申立人が生来の潔癖症から、日常生活の些細なことにも容喙し、細かい要求も多いので、その余りの余裕のなさに窮屈な感じをもち、また、仕事に対する理解が足りないとして口論となることが多かった。

両者間には、平成4年8月13日事件本人が出生したが、双方の性格、生育環境、生活感覚の違いから相互に不満を積み重ねていった。

そして、相手方との離婚を決意した申立人は、平成6年4月11日、その日に糖尿病を患っていた相手方の父親が入院することになっており、相手方とその両親がそのことに取り紛れている間に、相手方らには断ることなく、身の廻りの物を持ち、事件本人を伴って申立人肩書住所地の実家に戻ってしまった。

(2)  以来、申立人は、事件本人と共に申立人の実家で両親の世話を受けて生活していたが、平成6年7月15日、離婚等調停の申立(当庁同年〔家イ〕第×××号事件)をなし、同年11月24日までの間に4回の期日が重ねられた。そして、当初離婚に反対していた相手方も、申立人の離婚意思が固いことを知って、離婚を受け容れることとなったが、事件本人の親権者については双方譲らず、この点について家庭裁判所調査官の調査を受けることとなった。この間、当事者双方及びその両親との間で電話による話合が行われたが、相手方の父親入院の日に申立人が無断で家を出たとの前記別居のいきさつが相手方一家の反感を招き、互いに感情に走ってかなり激しい遣り取りがなされたこともあり、かえって互いに誤解や食い違いを生んで、相互に相手の真意を図り兼ねるようになり、夫婦別居以前は比較的円滑であった双方の両親の関係もぎくしゃくしたものとなり、互いに不信感を強めることとなった。

調査官調査を経て平成7年1月19日開かれた第5回調停期日において、申立人から、相手方がどうしても応じないならば、事件本人の親権者を相手方とすることでも致し方ないとの意向が示されたため、同日、事件本人の親権者を相手方と定め、相手方は申立人に対し事件本人との面接交渉を認めるとともに慰謝料50万円を支払うことを内容とする離婚調停が成立した。

(3)  次いで、申立人方から日時を指定して事件本人の引取を求められ、相手方一家は、同年1月30日申立人の実家に赴き、ダンボール数個分の事件本人の衣料品の引渡を受けるとともに、極めて淡々とした雰囲気の下で事件本人の引渡を受けた。

以来、事件本人は、相手方の両親方に居住し、相手方の両親、それも主として父親の世話を受けて生活をしている。相手方は、依然として肩書住所地のマンションを住所としているが、勤務先の了解を得てできるだけ時間外勤務を避け、勤務終了後は両親方に立ち寄って、事件本人と食事を一緒にしたりし、両親方に泊まり込むこともある。しかし、勤務の都合で事件本人と顔を合わせることができないこともあり、平日における事件本人の養育は専ら相手方の両親に任されているが、事件本人はなかなか相手方の両親の家での生活に慣れず、また、共に60歳を超えた相手方両親も事件本人の取扱に苦慮している面もみられる。

事件本人の日常の生活振りは、朝6時半すぎに起床し、テレビの幼児向け番組を見て朝食をし、10時すぎ頃から相手方の父親と共に児童館に行き、正午頃帰宅して午睡後昼食をとり、午後は散歩などして過ごし、夕食後、相手方の父親と一緒に入浴をすませ、就寝して一日を終わるのが通例となっている。なお、事件本人の排便、排尿の世話一切も相手方の父親の手に委ねられている。

相手方の勤務のない土曜日、日曜日には、両親の休養のためもあって、相手方は、遊園地に出掛けたり、デパートで買い物をしたりして終日事件本人と行動を共にし、前記マンションで寝泊まりすることも多い。事件本人は、同マンションが自宅であると思い込んでいて、マンションへ行くことを好み、マンションへ行けば母が戻って来るのではないかと思っているふしもある。相手方と二人になったときの事件本人は、遠慮をなくして相手方にべったりと甘えており、その両親に対する接し方とは大きな違いが出る。

なお、相手方で事件本人を引き取った後、一度申立人とその母が面接に来たことがあるが、別れ際に事件本人は申立人との別れを嫌がって大声で泣き叫び、相手方の両親は自らも涙ながらに事件本人を宥めるのに苦労したことがあった。しかし、申立人は、その後も事件本人との面接を求めたりするため、相手方側では、申立人のやり方が余りに自己本位で事件本人の気持に対する配慮に欠けるものと憤慨し、以後、申立人の面接希望に対し頑に拒否的な態度をとるようになった。

(4)  このような情況の下で、申立人は、前記離婚調停で事件本人の親権者を相手方としたのは申立人の真意に基づくものではないとして、平成7年2月9日、双方の父親と共に裁判所に来て前記離婚調停事件の担当書記官に会ったことがあり、これをきっかけとして、申立人は、同月13日、親権者変更の調停申立(当庁同年〔家イ〕第48号事件)をなしたが、同年3月9日の第1回調停期日において当事者間に合意の成立の見込みがないものとして不調となり、本件に移行した。

(5)  申立人が現に居住している両親の家は持家で、部屋数も多くゆったりしており、母は民生委員の仕事をするかたわら申立人の姉夫婦の1歳と3歳の子の面倒をみているが、事件本人の養育にも協力的であり、申立人、相手方夫婦別居後事件本人が同居していた折には、事件本人も申立人の両親に馴染み安定した状態にあった。

申立人は、離婚後仕事探しを始め、平成7年4月から、週4日勤務の市役所の嘱託職員として勤務することになり、月収14万6、000円を得ている。

また、申立人の実家から100メートルの至近距離に設備の整った保育園もある。

(6)  一方、相手方所有のマンションは4室で、居住環境も良好であり、その両親の家も持家でゆったりしている。平成7年1月、相手方の父は、かって勤務していた銀行に再度嘱託職員として勤務することが内定していたが、前記離婚調停により、相手方が事件本人の親権者となり、これを引き取ることとなったことから、相手方に代わって事件本人の面倒をみるため、急遽内定していた職を辞し、事件本人の養育に専念しているもので、事件本人の養育に対する熱意は十分に認められる。

(7)  なお、申立人、相手方双方とも、事件本人の監護養育を他方に委ねることができないとすることについては、感情的な反発のみが表面に顕れ、その理由となる具体的な事柄は指摘できずにいる。

2  以上認定したところによれば、申立人と相手方双方の当事者本人及び援助者である両親のいずれにも、親権者としての適格性において特に問題とすべき点はなく、事件本人に対する愛情の度合い、精神的側面、経済的側面を含めての監護の意思及び能力、家庭環境、居住環境には決定的といえるほどの大きな差異があるものとは認めることができない。

しかしながら、現状においては、事件本人の養育は事実上相手方の両親に一任されていて、相手方自身がこれに関わることはかなり限られている。相手方の父も内定していた職を投げうって、事件本人の養育に当たるなど、その熱意には並々ならぬものがあることが感じられるが、相手方両親は共に60歳を超え、特に父は糖尿病の持病も有しており、事件本人の養育に当たることが相当の負担になっていることは否めないところというべきである。また、相手方における事件本人への接し方には、やや情に流されて溺愛気味であることが窺われ、ここに多少難点がある。

また、審問の結果によれば、相手方の父親は、基本的には、未だ幼児である事件本人の監護養育は母親である申立人の手に委ねられるべきであると考えていたが、予期に反して事件本人を引き取ることとなり、その引渡も極めて淡々となされたにもかかわらず、その後における申立人からの頻回にわたる面接要求や親権者変更の申立がなされたことに感情的に反発し、もはや申立人の手に委ねることはできないとの心境に立ち至っているものであることが認められる。

他方、申立人についていえば、別居後、事件本人は、申立人の実家において、姉夫婦らの子と共に申立人の母の世話を受け、かなり安定した状態にあり、この点で譲歩を迫られるような特段の事情があるとは認められないにもかかわらず、調停の場で事件本人の親権者となることを諦め、その親権を相手方に渡してしまった真意については、いささか理解し難いものがある。審問の結果によれば、申立人は、1週間に1度位事件本人に会えれば、離れていても子育てはできると思ったと述べ、このことは、父親が単身赴任して1~2週間に1度位しか子供に会えない場合と同様であり、事件本人もすぐ慣れる筈であると考えたというのであるが、3歳に満たぬ幼児に週に1度しか母親と会うことができないとの異常事態を理解することができると考えたとすれば、母親としては、いささか浅慮に過ぎるものというほかはない。察するに、申立人自身の将来の自立、自活への不安もあり、迷いに迷った末の選択であったとは思われ、その直後に自己の思惑に反した結果となったことに狼狽し、翻意せざるを得なかった心情には一片の掬すべきものがないではないが、事件本人引渡後における申立人の言動は、事件本人及びこれを監護養育している相手方一家に対する配慮に欠け、自己本位にすぎると相手方らに受け取られ、非難されても止むを得ないものがあったといえる。

本件においては、調停成立後の余りに短期間内になされた申立であるだけに、このような申立に基づいて、親権者変更の是非を再度考察することが許されるかといった点について議論の別れる余地があるが、要は、事件本人の今後の健全な成長にとって、その監護養育をどちらの手に委ねるのがより適切な選択であるかということに帰し、このような観点に立って考えるときは、この時点であっても、再検討を加えることが許されない理はないものというべきである。

そこで、以上の諸点を総合的に勘案するに、漸く3歳に達したばかりの女児にとって、母親の存在の重要性は疑いのないものというべきであり、また、申立人方にあっては、申立人の勤務の状態からしても、事件本人と母親である申立人とのスキンシップが常時保たれるかたちでの養育がおこなわれることが期待できる利点がある。他方において、事件本人が相手方でそれなりに安定した状態を継続していたという事実もあり、この点も無視できないところではあるが、それも未だ比較的短期間にすぎないことを考慮すれば、本件においては、現状尊重の原理は母性優先の原理にその道を譲るべきものであると考えるのが相当である。したがって、事件本人の親権者を相手方から申立人に変更するのが相当であると認め、主文のとおり審判する。

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